ロゴひとりっぷ卒業旅行

ティラノいきなりストライキ! |イタリア編

2月4日(金)晴れ


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11時過ぎ、イタリアのティラノに到着した。
行き止まり式の駅で出口は一つ。改札でイタリア語でパスポートチェックをされてイタリアであることを実感した。すぐにミラノに向かおうと思ったが、ミラノ行きの列車がしばらくこない。待っているのもつまらないのでミラノに行く途中にある“Colico駅”どまりの列車に乗った。
13時半Colico着。駅のバール(喫茶店)でコーヒーを飲みながら14時5分のミラノ行きを待っていたが、時間になっても来る気配がない。駅員に聞いたところイタリア語はさっぱり分からないが、“ショーペロ”が聞き取れれば事態は飲み込める。つまり“ストライキ”だ。
イタリアでは日常茶飯事のショーペロだが旅行者にはたまったもんではない。
駅員が言うにはなんと20時まで電車はストップとのことだ。さあこまった。仕方がない、とりあえずかろうじて動いているローカル線で行けるとこまで行くことにした。Lecco駅までは行けるようだ。 しかし不慣れなローカル線では2度乗り間違い、降り間違いをしてしまいLecco駅についたのは夕方6時も過ぎたころだった。これからミラノに向かっても宿を取れる可能性は少ないし暗くなると危険。そこでこの街で宿を探したが、小さい街で宿らしい宿はみつからなかった。さすがに少し焦りを感じた。この時間になっても宿が決まっていないというのは初めてだからだ。駅に戻るとミラノ行きらしい列車があったので乗ってみた。なんとかたどり着けるかと期待したが、ミラノの外れの小さな駅どまりだった。どこなのかは良く分からない。列車にも駅にもほとんど人はいない。もう1台後から来た列車に乗り換えてみた。しかしそれもどこか知らない駅に到着した。ミラノの近くではあるようだけど。。。良く分からずにそのまま乗っていたら列車が動きだし、さっきの駅に逆戻りしてしまった。

いくら、パニック。

列車が駅で完全にストップすると、一人の男性客と駅員さんがイタリア語でなにやら話をしている。このときほど言葉が分かったらと思ったことはない。不安な気持ちで彼らを見ていると促されて電車を降ろされた。そこはホームを過ぎていて線路を歩いてホームに戻った。 時間はもう21時。ミラノに行きたいと駅員に尋ねてもさっぱりイタリア語が分からない。寒くて暗いホームで一人。悲しくなってきた。駅をでると閑散とした風景が広がっていてた。バス停をみつけたが、さすがにもう動いていない。駅に戻って待合室にポツンと座った。心のどこかでは“なんとかなるだろう”と思っていたがそれもどんどん弱まっていった。と、そのとき二人のおじさんが待合室を通 りすぎてホームにたった。私はすがるような気持ちで“ミラノに行きたいのですが”と尋ねた。英語が通 じる人だった。おじさんは親切にもカーテンの閉まっている駅室の窓ガラスをたたき、駅員に尋ねてくれた。そしておじさんは笑顔で戻ってきて私に朗報を告げた。“You are Lucky.次に3番線にくる列車が最後のミラノ行きだよ”と。私は心底感謝して、3番ホームへ行った。しばらく待っているとイタリア語のアナウンスがながれ、遠くに二つの光が見えてだんだんと近づいてきた。ちょっとアナウンスのホームのナンバーが違ったような気がしたが?やっと安堵の気持ちになった。が、おや?おやおや??列車は明らかに隣のホームに入って来ている。それを確認するやいなや私はホームを飛び渡った。(ホームの間には段差はない。だがけどキケン行為です)入ってくる列車の前を横切っるのはなかなかのスリルだったが、この列車を逃したら本当に野宿だ、と必死。
ミラノまではほんの数十分だった。到着したのは22時過ぎ。その時間なのに駅はにぎやかだった。いまから宿をとるのは大変であろう。そうなると残る手段はひとつ。私は時刻表を確認した。ある!22時半発夜行列車のローマ行き。ホームへ走る。列車は出発まじかだ。ユーレイルパスをみせて近くにいた駅員に尋ねる。“予約をしていないが乗りたい”。駅員は12番車両へ行けと案内してくれた。自由席の車両だった。乗れることが分かって私は屋台でミネラルウォーターだけ急いで買って、ローマ行きの夜行列車に飛び乗った。 列車はかなりの込みようだった。空席を何とか見つけて落ち着いた。6人用ののコンパートメントは満席でかなり窮屈だった。だが、誰もいないホームで一人でいるよりずっとマシだとおもった。
散々な一日だった。今日使ったお金はたったの10000リラ(約650円)。2杯のコーヒーとパン1個だけだった。 そして予定外にローマに行くことになってしまった。
OH MY GOD・・・